光声の徒然日記

十七音で日々を徒然なるままに記す

ショートストーリー「手紙」

戯れに手作りの句集を編んで、親しい昔からの友人へ送呈した。ある日、次のような手紙がある人から届いた。

Nさん。句集「道しるべ」を見せていただき、ありがとうございます。私は俳句の「は」の字もわからない身です。
たった十七文字の中に世界を読み取り、我が人生を露出する世界は、考えただけでも苦しく、そのような奥山に分け入る人に敬意を表します。

私が好きな句は
  寒禽や空を開きてわつと翔つ
です。椋鳥?土鳩?群雀?枯野で餌を啄ばんでいる野禽も「空を開きて」と見てもらえたら嬉しいでしょうね。実際、私は飛行機が飛び立つ、その瞬間が好きです。翼が風を「わっ」と掴まえて浮き上がり、機内でその風を感じるその瞬間。
私が鳥なら、寒空に群れて小さな物音に驚いて飛び立ったなんて思われたくない。それは私流の誤ったトランスレーションであるとは知っていますが・・・。

  冬の鳥紺青の空すべり来し
 紺青とは、ラピスラズリの色よりもっと明るい青でしょうか。紺青の空をすべるように降り立った鳥は、寝につくのでしょうか。寒さに震えていても、塒を持つその鳥は幸いです。ラピスラズリはきっとペシャワールの夜空の色です。戦禍が続き荒廃したアフガニスタンに隣接して、井戸を掘って荒地を緑地に変えているという医師が住む、ペシャワールの夜空の色です。そんな群青の空の下で、命と向き合っている人々の話に、この冬、感動しました。

  銀杏散る庚申塚の道しるべ
 その道しるべには「精進」という文字が書かれていたのですね。俳句によって研ぎ澄まされていく識眼で、あなたは六十路街道を歩いていらっしゃるでしょう。
 言葉の美しさ、やさしさ、厳しさを見せてくれる貴方の句集、好きです。ただ、「道しるべ」は平凡な句集名だと思います。もっと沸き立つような想いが表出される題であった方が、貴方の若さをアピールできるのではないでしょうか。周りの妙齢の方々の枯れた句もいいでしょうが、私は貴方のもっと揺れる心を見たいと思いました。

追伸
本当に一番好きな句は
  柊の花みるように妻を看し
です。でも夫を亡くした私には、素直にこれと言えない何かがまだあるようです。

 投函日付をみると、彼女が突然の死を迎えた前日であった。
                      了